「山を移す」

*「リアの話」


大きな山。

13年連れ添った夫が結婚記念日に突然離婚すると言い出したときには,驚きました。夫婦関係はあまりうまく行っていたわけではありませんでしたが,彼にとってそれがどれほど大変なものとなっていたのか,わたしには皆目見当がつかなかったのです。絶望的になると同時に,何としてでも彼の気持ちを変え,家族を守りたいと思ったことを覚えています。

その夜,わたしはひざまずいて,主に自分の胸の内を打ち明け,何をなすべきか理解できるよう助けてほしいと祈りました。祈った後で,わたしは座ったまま寝室の窓から外に目をやり,2年前にこの家に引っ越してきた時のことを考えました。わたしたちがこの特別な場所に引っ越すことにしたのは,一つには,その裏に美しい草地があったからです。しかし,ここに住むようになって1年ほどたった頃,建設用の大きな重機がやってきて,この地域一帯をことごとく切り崩しました。かつてあれほど美しかった草木がすべて取り払われ,殺伐な場所に変わってしまったのです。その後,業者がトラック何台分もの土をわが家の裏に投棄したため,サッカー球場ほどの幅で,2階建てのわが家と同じくらいの高さの山ができました。

ほかでもないこの土の山をわたしはじっと見つめていました。わが家の後ろに2年間手つかずの状態で放置された山は,見苦しい雑草に覆われていました。この目障りな山について深く考えたときに,わたしの心は,十分な信仰があれば,山をも移すことができるという内容の聖文に向けられました。わたしの生活に入り込んできたこの山をわたしが移そうとするならば,主はそれを助けることがおできになることを,わたしは知っていました。わたしは熱烈に主の助けを祈り求めました。

翌日,わたしは家の裏で巨大な芝刈り機が動いているような音がして,目が覚めました。起き上って窓の外を見ると,驚いたことに,小型ブルドーザーが,巨大な山から土を少しずつすくい取っては,ダンプの荷台に積んでいるではありませんか。荷台がいっぱいになると運転手はダンプに乗り換え,どこかに行ってしまいました。10分もすると空の荷台で戻ってきて,また土を積みました。

この作業が1日中断続的に繰り返されるのをじっと見ているうちに,運転手が実は何をしようとしているのかが分かりました。巨大な山を移そうとしていたのです。そして,そのために一度に少しずつ,一すくいずつ土を運んでいたのでした。この山は,2年にわたって手つかずの状態で放置されていました。あの夜,山を移してくださいと主に嘆願した後,この作業が始まったのです。偶然ではないことに,わたしは気づきました。わたしは理解しました。山を移せるよう天の御父は助けてくださるけれども,それは一度に少しずつ,一すくいずつのペースであり,長い時間がかかるのです。わたしは,主がわたしの家族を助け,夫婦関係が修復できるよう助けてくださることに希望を託すことにしました。

1週間後,わたしは夫がポルノグラフィーに依存していること,またソーシャルネットワークのサイトを通じて知り合った他の女性と不適切な関係を築いていたことを知りました。夫は幼いころから自分の兄の友人の影響でポルノグラフィーを見るようになり,それ以来20年以上にわたって依存症に悩まされていたのです。この事実を知ってショックではありましたが,夫がわたしと親しい関係を持てなかった背景事情が分かって,肩にかかっていた大きな重荷が降りたような気もしました。夫は,自分の依存症からの立ち直りにわたしが協力しようとしていることを知って驚き,離婚を思いとどまりました。

わたしたちは,「依存症立ち直りプログラム」のポルノグラフィー支援グループに出席するようになりました。わたしは間もなく,依存症の伴侶を持つ人たちのグループに出席していて,気持ちが楽になりました。このグループは,わたしが当時感じていた様々な感情や不安のはけ口となってくれたのです。わたしはポルノグラフィーの問題がよく理解できるようになるにつれ,夫や夫の立ち直りを中心に考えるのではなく,自分自身の癒しと学習に心を向けることができるようになりました。夫を赦すことができるようになりましたし,夫を監視したり,コントロールしたりする必要がないことも理解することができました。自分こそ不健全な行動や態度を取っていたことに気づいたので,わたしは自分の行動を変えました。少しずつですが,わたしたちはともに成長していくようになりました。わたしたち夫婦が抱えていた問題の山は,次第に小さくなっていきました。わたしたちはもう何年も,「依存症立ち直り集会」に出席しています。

依存症から立ち直る旅を始めた頃,わたしは前よりほんの少し惨めでなくなればいいと思っていました。しかし,主はわたしたちが「ほんの少し惨めでなく」なるのではなく,喜びと幸せを得るよう望んでおられることが理解できるようになったのです。今日,窓の外を見ると,かつてはあの見苦しい山があった土地に,美しい家々が立ち並んでいます。あんな見苦しい山が何年もの間あの場所を埋め尽くしていたことなど,誰にも分からないでしょう。わたしの結婚生活にも同じことが言えます。わたしたちは遂に,依存症の重荷のない結婚生活を送ることができるようになりました。問題がないわけではありませんが,決してみじめではありません。

わたしは夫を愛しています。それは夫が依存症を克服してくれたからだけではなく,立ち直る過程で夫が変わってくれたからです。この試練を通してわたし自身も変わりました。主に近づくことができてうれしく思っています。何よりも大切なことは,山を移す救い主の力について証を得たということです。依存症というわたしたちの山は,一度に少しずつ,救い主の贖いが持つ美しい癒しの力に取って代わるようになりました。

わたしたちは結婚して15年になりますが,夫は3年近く節度を守っています。わたしたちは,残りの生涯ずっとARP集会に出席し続けようと誓い合っています。わたしたちの夫婦関係を癒し,家族を救ってくださった救い主に永遠に感謝します。

*名前は変えています。