器の内側を清める

デールの話


〔流し台で手を洗っている画像〕

中学生のころから,性依存症はわたしの生活の一部となっていました。そのころは無害に思えました。ポルノグラフィー関連の画像や映像をかなり容易に手に入れることのできる友人たちと付き合っていたため,不適切な内容のものを見るようになりました。

そのころわたしは教会に入りました。自分のしていることが間違っていることは分かっていましたが,少年時代にだれもが経験する「通過儀礼」のように思っていました。表面的には,自分に期待されていること,例えば,教会の宣教師として奉仕したり,神殿で結婚したりはしましたが,同時に,ほかのすべての依存症者がすることもしました。そして,わたしの生活の秘密は指導者にも,妻にも,家族にもひた隠しにしました。うそで塗り固めた毎日でした。

短い時間は何とか自制できましたが,最後の数年間は際限なく毎日のようにポルノグラフィーを見ましたし,衝動的な性行動も取りました。友人や同じ教会の会員の目に映る自分は本当の自分ではありませんでした。そのことにうんざりし始めました。

一見幸せそうに見える25年間の結婚生活が,破綻しかけていることにようやく気づきました。物理的には妻とわたしは一緒にいましたが,情緒的な親密さはありませんでした。一体感がなかったのです。妻との心の触れ合いと真の親密さが欠けていたために,二人の間に亀裂が生じ,その亀裂は日に日に大きくなっていきました。どうしてよいか分からず,しかし夫婦関係を守りたい一心から,裏表のある二重生活に関して正直に打ち明けました。

そのあとに続く数か月は,最も苦しい月になりました。わたしたち夫婦は取るに足りない無意味なことで争いましが,そんな中で,わたしは依存症立ち直りグループの集会に出席し始めました。わたしは様々なブログや書籍,そしてポッドキャストを見つけ,自分の依存症について学びました。妻と一緒に飛行機で,ポルノグラフィー依存症に関するすばらしい本を書いた偉大な著者に会いに行ったこともあります。依存症立ち直りのための12のステップを生活に応用し,定期的にグループ集会に出席することで,自分にとっての誘惑ときっかけが何かを自覚するようになりました。これらの道具はすべて,わたしの理解と立ち直りに役立ちました。

妻に初めて自分の依存症について話したとき,わたしはてっきり別れ話になると思っていました。彼女が怒りを感じたのも当然です。しかし,ともかくも,彼女はわたしとわたしの依存症に対する怒りを捨てることができました。ゆっくりとではありますが,わたしはより良い夫になる方法を学んでいます。何年もの間失われていた互いの心のつながりもでき始めています。わたしたちはもっと一緒に祈り,デートナイトを忠実に守るようになってきました。

ポルノグラフィーを見なくなって50日ぐらいたったとき,ステーク会長に会い,依存症について話し合いました。最悪の処分を覚悟し,家族も同じ結果を予測していました。わたしは,どのような結果でもかまわないという心境になっていました。清くならなければ,とただそれだけでした。ステーク会長は,癒し清める贖いの力を明確に理解できるように助けてくれました。

様々な経験により,贖いに対するわたしの理解と感謝は計り知れないほど深くなりました。個人的な苦しみを通して,以前よりもずっと強くなり,人の気持ちが分かるようになった気がします。贖いは現実に存在するものなのです。そして,立ち直る「方法」はいろいろありますが,わたしたちの心と生活の中であらゆる現実的な業を行われるのは主なのです。

理解を示してくれる友人,教会の指導者,また依存症にとらわれることなくわたしを理解し愛し続けてくれる妻に感謝しています。とりわけ教会に感謝しています。このような依存症に対して,教会は人々に依存症の烙印を押すことなく,あるがままを理解してくれるようになりました。『依存症立ち直りプログラム』には効果があり,わたしをはじめ,数えられないほど多くの人々の人生に祝福をもたらしています。