立ち直りは可能です

ジェイソンの話


〔放蕩息子を迎える父親の画像〕

ポルノグラフィーに依存し始めたとき,わたしはまだほんの子供でした。11歳ぐらいでした。家族の一人が最初に見せ,彼の家に行くと決まって見せられました。

依存状態は何年も続きました。学生時代,最初の結婚と離婚,また再婚してからも続きました。2度目の離婚を経験したとき,自分には何も残っていないと感じました。どこにも行く当てがなく,何の意味もない人生を送っていました。この依存症は決して治らないだろうと感じました。自分の力で何度もやめようと努力はしました。少しうまくいったこともありましたが,深い淵に逆戻りするのが常でした。

依存症のせいで行った選択の結果,最終的に正会員資格を剥奪されました。自分がしたことを認めるのは容易ではありませんでした。むなしさを感じました。しかし,支部会長は御霊の促しによく従いました。『依存症立ち直りプログラム』ガイドを渡されたときには,支部会長の断固たる気持ちが伝わってきました。依存症立ち直りプログラム集会(以下ARP集会と表記)に出席する必要があると言うのです。最初の集会に出席したときは大変でした。孤独と不安を感じました。中に入る決心ができるまで,集会所の前を車で何度も行ったり来たりしました。

やっとのことで集会所に入ったとき,御霊を感じました。久しぶりでした。深い孤独を感じていたのは,あまりにも長い間そのような温かい御霊を感じることがなかったためであることが分かりました。もう一度救い主を中心とした生活を送りたいと強く思いました。困難でつらい旅になることは分かっていましたが進んで挑戦しようと思ったのは,最初の集会で愛を感じたからでした。集会への参加を恐れる必要はなく,恐れるべきは,集会に参加しないことで逃す祝福と機会だということに気づきました。集会で感じたのは,同じ苦しみを経験している人々が自分を愛し受け入れてくれるという気持ちだけでした。わたしは力を求めて彼らに頼りました。

その後に起こった出来事,経験した事柄は,あまりにもすばらしく,言葉ではなかなか言い表せません。「あなたはいつまでたっても依存症者で,立ち直りなどあり得ない」と言われたこともありました。しかし,贖罪の清めの力を感じ,この依存症を克服できると分かりました。

わたしが前に進めなかったのは,自分に対して肯定的な気持ちを抱くことができなかったからです。しかし,今,わたしはふさわしい教会員となり,仕事も自分が常々思い描いていた方向で順調に進み,もう一度結婚し,美しい娘にも恵まれました。

平安を感じながら生活できることに感謝しています。救い主の犠牲について知るとき,へりくだる思いがします。以前,日曜学校のクラスで贖罪について教えたことがありましたが,実際に贖罪の効力が及ぶような生活を送り,その原則を実践することによって,将来に対し平安を感じるようになりました。悔い改めの過程で,どこまでも深い愛と哀れみを感じました。

御霊を感じることができるように,ARP集会には今でも時間の許す限り出席しています。依存症立ち直りプログラムは,依存症を克服し,依存しない状態を続けられるように気持ちを集中するための必要な手段を提供してくれました。立ち直りは可能なのです。